休日、東京・銀座の街角に出没する「スパイダーマン」がいる。体形や動きが本物みたい、と親子連れや外国人観光客らがカメラを向ける。SNSで拡散され、地方から会いに来る人もいる。その正体は。 10月上旬の土曜日の夜。「あ、見て、スパイダーマンがいる!」。買い物客らでにぎわう銀座の大通りで、親子連れが足を止めた。「すっごいリアル」「外国人?」。素早く台に飛び乗り、次々とポーズを繰り出すスパイダーマンに、周囲の人々も立ち止まり、次々にスマートフォンのカメラを向け始めた。 子どもを見つけると、グータッチをしたり、肩を抱いて写真に応じたり。手招きしては、持参したリュックサックから、おもちゃやオリジナルのステッカーをプレゼントする。撮影と握手をしてもらった遠藤心咲(みさき)さん(6)は「ポーズが格好良かった」と満面の笑み。塾の行き帰りに何度か目撃し、毎回会えるのを楽しみにしているという。 「ジャパニーズスパイダーマン」を名乗るこの男性、実は神奈川県在住の32歳の日本人。普段は大手広告会社に勤めるサラリーマンだ。デジタルコンテンツなどのプロモーション制作に携わっているという。 平日は朝から夜遅くまで仕事に打ち込み、休日だけスパイダーマンに変身する。銀座のほか、声がかかれば都内のイベントにも出動するが、報酬は一切受け取らない。インスタグラム(アカウント「Japanese Spiderman」)のフォロワーは1万6千人を超えた。 友人の結婚式の余興でスパイダーマンのスーツに身を包んで登場し、大ウケしたのがきっかけ。2013年8月、東京・表参道で街頭デビューした。 「慣れるまではめちゃくちゃ恥ずかしくて」。首までスーツを着たのに、何もせずに帰ったこともある。でも今は、マスクを付けて顔を上げる瞬間、面白いぐらいスイッチが入る。 三重県紀北町出身。幼い頃からヒーローものが大好きだった。だが、水産業を営む実家の仕事柄、イベントなどに行けなかった。子どもの頃に憧れのヒーローに会えたらいい思い出になるだろう――。そんな思いが原動力になっている。 だからこそ、子どもの夢を壊せない。大学まで続けた水泳で鍛えた体を筋トレと食事制限で絞り、バック転を磨くため体操教室にも通った。怖がる子どもをいかに笑顔で帰すか。ジェスチャーやプレゼントの渡し方にも工夫を重ねた。1着約6万~10万円のスーツはすでに6着。これまで1万5千人にプレゼントや手製のステッカーを配ってきた。年間約50万~75万円の経費はすべて自腹だ。街頭で約1週間で10万円を集め、被災自治体や教育支援のNPO団体などに寄付したこともある。 イベントの出演依頼も増え、昨年の休日はわずか10日ほど。腰痛にも悩まされる。「正直大変だが、子どもの喜ぶ顔が好きだし、仕事では味わえないやりがいがある。会いに行けるヒーローを目指して、体が続く限りやりたい」(多田晃子)